クリプトスポリジウム症(Cryptosporidium parvum)

自衛隊中央病院 箱崎 幸也・越智 文雄・宇都宮 勝之

クリプトスポリジウム症(Cryptosporidium parvum)

概要

従来、クリプトスポリジウム(Cryptosporidium)はウシ、ブタ、イヌ、ネコ、ネズミなどの腸管寄生原虫として知られてきたものであるが、ヒトでの感染は1976年にはじめて報告された。1980年代に入ってからは後天性免疫不全症候群(AIDS)での致死性下痢症の病原体として注目され、その後健常者でも水様下痢症の原因となることが明らかとなった。欧米では、1980年代中頃から水系汚染に伴う集団発生が報告されている。1993年の米国ウイスコンシン州ミルウォーキー市では、40万人を超える住民が本症に罹患する未曾有の集団感染が起きている。わが国では、1994年に神奈川県平塚市の雑居ビルで460人余の患者が発生し、1996年には埼玉県越生町で町営水道水を汚染源とする集団感染が発生し、有症状者は約8,800人に及んだ。本症に関しては散発例よりもむしろ水道水や食品を介した集団発生が重要となる。
ヒトおよび家畜における感染状況は国により異なるものの、世界中で感染が認められる。上述の集団感染事例を除いたわが国での散発例はきわめて少なく、ある集計によると1986年から1997年1月までの全症例数は37名で、海外旅行者13名、エイズ患者12名、獣医学関係者(感染牛との接触)9名となっている。1999年4月の感染症法施行から2001年12月までに届けられたクリプトスポリジウム症患者数は、18件にとどまっている。病原体であるクリプトスポリジウムは胞子虫類に属する原虫で、人への感染は主にC. parvumとされるが、DNA解析によってヒト型、ウシ型、トリ型、その他の遺伝子多型を示すことが明らかとなっている。生物テロ攻撃は経口で行われるものと思われるため、良好な環境衛生状態の保持が重要である。

臨床症状

健常者が罹患した場合の臨床症状は、下痢(主に水様下痢)、腹痛、倦怠感、食欲低下、悪心などが挙げられ、軽度の発熱を伴う例もある。下痢は一日数回程度から20回以上の激しいものまで多様で、数日から2〜3週間持続する。抗菌薬は無効であるが、自然治癒する。原因微生物が検出されない旅行者下痢症、あるいは既知の腸管系病原体を検出した症例であっても不可解な腹部症状が持続する場合には、ジアルジアとともに本症を考えるべきであろう。また、集団下痢症が発生した際に通常の病原体が検出されない場合には、本症の可能性を念頭において検査を進める必要がある。
クリプトスポリジウム症の診断は検便でオーシストを検出することによる。急性期の患者便には多量のオーシストが排出されているが、通常の塗沫標本観察では確認がむずかしい。遠心沈殿法やショ糖浮遊法により集オーシストを行い、蛍光抗体法、抗酸染色、ネガティブ染色などの染色標本を作製することが望まれる。蛍光抗体染色がもっとも感度が良い検査法で、市販の簡便な染色用キットがある(未承認のため保健適用外)。

3) 治療

下痢の程度が軽度である場合には、非特異的治療法である(1)食事制限、(2)水・電解質の摂取(WHO処方によるORSで、いわゆるスポーツ飲料水がこれに近い組成)を行う。これに加えて鎮痙剤、激しい下痢症例では止瀉剤が用いられている。AIDSに合併した症例で、長期間持続する下痢症に対してはパロモマイシン(2g、3週間)の経口投与が行われる。症状が寛解した段階でパロモマイシンの維持投与を行うこともある。
クリプトスポリジウムは強い感染力を持ち、米国でのヒトへの感染実験では130個程度の経口摂取で半数が感染すると計算されている。ちなみに、1個のオーシストの摂取で感染する確率は0.4%と計算されている。その後、株によって毒性に差があることが示され、10個未満の摂取で発症するとの報告もある。オーシストの感染力は、水中で数カ月程度保持されるものと考えられている。また、通常の浄水処理(凝集、沈殿、ろ過)で完全に除去することは困難で、塩素消毒にも抵抗性であることから、水道水汚染には注意が必要である。生水の摂取などを避けるべきであろう。クリプトスポリジウム症は4類感染症の全数把握疾患であり、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出る。