ボツリヌス症(Botulism)

自衛隊中央病院 箱崎 幸也・越智 文雄・宇都宮 勝之

ボツリヌス症(Botulism)

病原体

Clostridium botulinum(嫌気性グラム陽性芽胞形成菌)が産生する毒素によって発症。

潜伏期間

経口摂取では12〜36時間、吸入では24〜72時間。

感染経路

ヒトからヒトへの感染はない。

初期症状

腹痛・嘔吐・下痢に引き続き、目の焦点が合わない感じ、嚥下困難、口渇、会話困難などが出現。

典型的兆候

眼麻痺症状(視力低下、複視、眼瞼下垂、散瞳)、球麻痺症状(発語障害、嚥下障害、呼吸困難)、分泌障害(唾液、汗、涙)が3大症状であり、意識障害を伴わないのが特徴である。

診断

培養(便、残留食品、吐物)、毒素検出と型別判定。

致死率

未治療・人工呼吸管理の未実施では60%死亡。

概要

土壌・水に棲む偏性嫌気性菌であるボツリヌス菌(Clostridium botulinum)が、汚染された食品の中で産生する強力な神経毒(botulinum toxin)によって発症する。体重1kgあたり1ナノグラム(1億分の1g)が、致死量とされている。非常に強力で製造が比較的容易なことから、ボツリヌス菌毒素は生物テロ使用の脅威が考えられている。ボツリヌス症は毒素による中毒であって、厳密に言えば感染症ではないが、「感染症法」では、乳児ボツリヌス症を4類の全数把握疾患に分類されている。

疫学/生物テロ関連

「ボツリヌス」の語源はラテン語の「腸詰め」で、酸素を嫌い、腸詰めや瓶詰めなどの中で増殖し毒素を産出する。本菌は世界的に広く分布し、土壌、 河川、湖沼に棲息するが、型は地域により異なる。我が国では自家製郷土料理「いずし」を作る食習慣のある北海道、東北地方に多発し(E型)、家族内発生の傾向が強かった。E型菌が多かったが、乳児ポツリヌス症の多くはA型菌による。食生活の広がりにより、最近はA、B型も検出されるようになった。1984年、辛子蓮根による複数都府県にわたる集団発生(A型)があり、本中毒発生の広域化が指摘されている。1998年、輸入オリーブびん詰めでの発生(A型)がある。
以前、米国や旧ソ連でも兵器化が進められ、国連査察でもイラクの保有が判明している。地下鉄サリン事件の直前に、オウム真理教がボツリヌス菌毒素の噴霧を企図した事実も確認されている。拡散手段は、エアロゾールによる毒素の空中散布が想定される。空気中へ散布された毒素を吸入した場合も、食中毒型ボツリヌス症に類似した症状を呈するが、一般に経口摂取した場合よりも潜伏期間が延長(24〜72時間)すると考えられている。ヒトにボツリヌス菌毒素を吸入させた試験では、3日後に咽頭に粘液貯留、嚥下困難、めまい、4日後に眼が動かしにくい、瞳孔散大(軽度)、眼振、会話不明瞭、歩行不安定、四肢脱力などの症状が発現した報告がある。

病原体

特性

ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)は、土壌・水(海底)に棲む偏性嫌気性グラム陽性桿菌のうち、芽胞を形成するクロストリジウム属(Clostridium)の菌である。周毛性鞭毛を有し、大きさは0.5〜2.0×2〜10µmである。芽胞は楕円形で菌体中央部または菌端近くにあり、耐熱性が強い。単一な生化学的性状を持たず、菌群として活動する。蛋白とグルコースの分解性で、I(A型菌、蛋白分解性B型菌、F型菌)、供E型菌、蛋白非分解性B型菌、F型菌)、掘C、D型菌)、検G型菌)の4群に分けられ、産生する神経毒素の抗原特異性によりA〜Gの7型(CはCαとCβ)に分類される。
本菌が産生する毒素は、自然界に存在する毒物のうち最も強い毒性を持つ。ヒトに起こる中毒型と環境中の菌型とは、基本的に一致する。ヒトに中毒を起こすのはA、B、E、F(Fは少ない)およびG型菌である。C、D型は動物に中毒を起こす。本毒素は安定性が低く、空気中では12時間以内で、日光に曝されると1〜3時間で毒性を失う。熱にも弱く、80℃、30分あるいは100℃、数分で不活化されるが、芽胞の中には120℃、4分の加熱に耐えるものもある(ただし、121℃、15分の加熱で死減)。

病原性

ボツリヌス菌毒素は、消化管内で菌が融解され菌体外に放出され、小腸からリンパ系を介して血中に入り、神経筋接合部位で作用する。毒素はシナプス前終末に永久的に結合し、伝達物質であるアセチルコリンの放出を阻止し、筋肉を刺激することができなくなる。これはアセチルコリンの過剰状態を引き起こす神経剤と反対の作用である。これにより神経の伝達が障害され筋肉の弛緩性麻痺(特に呼吸筋の麻痺)が起こり、症状が進行すると心臓障害、嚥下不能、呼吸困難に陥り5〜7日で死亡する。食物から感染したボツリヌス症は、治療しなければ60%が死亡する。生物武器化されたボツリヌス菌毒素は、より高い致死率を有する可能性がある。

消毒

汚染された菌(芽胞)の死滅には、121℃で4分以上の加熱、pH4.5以下、塩濃度10%以上などの溶液に浸漬、ソルビン酸などの防腐剤やフェノール系の酸化防止剤などに浸漬する必要がある。毒素の不活化には、芽胞と異なり易熱性なので、使用した検査用器具等は、100℃で数分(80℃、20分以上)加熱するか、水道水で20分以上洗浄した後、日光に当て消毒する。

検査

培養(便、残留食品、吐物)、毒素検出と型別(病初期の血清を用い、マウスにより毒素の検出と型別判定)が、感染を証明する。便や食品の検査からは、菌や毒素の証明を行い、血清検査や中和試験で、毒素の証明が可能である。PCR法では、各毒素遣伝子の検出を行なう。このような検査の多くは、地方衛生研究所や国立感染症研先所で可能である。合併症がない限り、脳波、CTスキャン、MRI、血液、尿、脊髄液検査では特異的異常所見を認めない。

臨床症状と診断

ボツリヌス菌が産生する毒素を、外毒素として摂取する事によって起こる中毒で、末梢神経に作用し、弛緩性麻痺を呈する。高次脳機能や心機能は保たれるが、呼吸筋を含むすべての筋が麻痺することが特徴的である。
ボツリヌス中毒には次の3型、

  1. 食中毒(成人)型:食品中で産生された毒素を経口摂取することにより発症
  2. 乳児型:食品などとともに摂取した芽胞が、生後2週間から1歳末満の乳児の腸内で発芽・増殖
  3. 創傷型:皮膚外傷から感染し創傷内で発芽・増殖する(殆ど発生はない)がある。致死率は食中毒型で20%、乳児型で3%以下である。

いずれの型でも、食中毒としての胃腸症状が先行してから、神経学的異常症状が出現する。

潜伏期

神経症状がでるまで12〜36時間(平均18時間)とされ、ヒトからヒトへの二次感染はない。

臨床症状

食中毒(成人)型ボツリヌス症

経口摂取もしくは吸入18時間前後に、消化器症状(腹痛・嘔吐・下痢)に引き続き、目の焦点が合わない感じ、嚥下困難、口渇、会話困難などが出現する。24〜36時間で、特徴的な徴候である瞳孔散大、複視、眼瞼下垂等の左右対称性の弛緩性麻痺が顔面に出現する。続いて顎力低下、嚥下困難、構語障害等の球麻痺症状、舌の乾燥、口渇、尿閉、便秘等の分泌障害が起こり、骨格筋の麻痺は上肢、胸部、横隔膜、下肢へと下方進展する。短時間のうちに麻痺は呼吸筋にもおよび呼吸困難に陥り死に至る。
眼麻痺症状、球麻痺症状、分泌障害が3大症状・徴候であり、発熱や意識障害がないのが特徴である。

  • 眼麻痺症状:視力低下、調節障害、複視、眼瞼下垂、散瞳、対光反射遅延
  • 球麻痺症状:発語障害、嚥下障害、呼吸困難、筋力低下、知覚異常
  • 分泌障害:唾液、汗、涙
  • 神経症状:脱力感、めまい
  • 胃腸症状:腹痛、嘔吐、下痢
    ※ 意識障害はない。
乳児ボツリヌス症(※16)

主に6か月以内の乳児に発症し、典型的には便秘で始まり吸乳力の低下、弱い泣き声、元気がなくなるのが初発症状である。その後、嗜眠傾向や無表情、眼瞼下垂、瞳孔散大、対光反射・深部腱反射の低下、筋肉の弛緩性麻痺、運動麻痺等の神経症状が現れる。特に四肢と頸部の緊張低下によるフロッピーインファント(グニャグニャ乳児)が特徴的である。誤嚥性肺炎や尿路感染症などを併発し、重症になると呼吸筋麻痺による呼吸障害で死亡する。一部では突然呼吸不全を来たし死亡する症例もあり、乳児突然死症候群(SIDS)との関連も指摘されている。
乳児ボツリヌス症の多くはA型菌で、離乳食として与えられたハチミツが原因となることが多い。ハチミツ中のA、B、F型菌の芽胞が腸管内で発芽し、増殖して産生された毒素が原因となって起こる。現在我が国では、1歳未満の乳児に対する蜂蜜の投与を禁じている。まれに創傷感染もある。

鑑別診断

ボツリヌス症を、神経剤の曝露やアトロピンの過剰投与と区別することが重要である。その鑑別には、精神症状・瞳孔散大・心拍数増減・分泌量増加の有無が重要である。ボツリヌス症では、精神症状なく、瞳孔散大、心拍正常、分泌量正常である。アトロピン過剰投与では、口渇、粘膜乾燥、瞳孔散大、心悸亢進がみられる。化学剤や生物剤のテロ攻撃の初期に、原因がはっきりしないとき、多くの場合にとりあえずアトロピンが使用される。アトロピンそれ自体の作用が、時に症状を混乱させるので、注意が必要である。
その他、中枢神経系感染症、重金属中毒、薬物中毒、一酸化炭素中毒、代謝性脳症・高度な疲労・甲状腺機能低下症が全身性疾患として鑑別を要する。局在性徴候での鑑別では、A群溶連菌による咽頭炎(ボツリヌス中毒では咽頭発赤が起こる)、多発性神経炎(ギランバレー症候群)、急性灰自髄炎、重症筋無力症、筋ジストロフィーなどである。

治療

呼吸筋麻痺を伴う呼吸不全に対する治療が主であり、適切な呼吸管理と二次感染予防が救命につながる。大量傷者の場合には現実的ではないが、少数患者の時には非常に有効である。呼吸管理が早期に開始され回復するまでの数週間続けられたら、たとえ重症であっても完全治癒は可能である。
抗血清療法は呼吸管理とともに重要であり、早期に抗毒素血清(乾燥ボツリヌスウマ抗毒素)を投与しなければならない。無治療では、A型で60〜70%、B型で10〜30%、E型で30〜50%が死亡する。血清型不明時や緊急時は多価血清(ABEF型、20〜40mlを筋注/静注)を用い、軽減しない場合は3〜4時間毎に20ml追加する。単価血清はE型のみであり、早期に1万単位、軽快しないときは3〜4時間毎にl万単位追加する。抗毒素血清はアナフィラキシーショックやその他の重大な副作用があり、使用前には皮内テストを実施し熟練した医療従事者のみが投与すべきである。ただし現在抗毒素血清は一般に生産されていない。
ボツリヌス毒素に対してワクチンは存在するが、しばしば不快な局所反応を起こし毎年追加投与が必要であり新たなワクチンが開発中である。曝露後の予防投与は確立したものがない。英国においてA型ボツリヌストキソイドが認可されている。米国においてはA、B、E、F型の多価ボツリヌストキソイド(0.5ml皮下0週、2週、12週、その後毎年1回)が開発され動物及びヒトにおいて治験中である。
神経筋障害を増強させる薬剤(鎮静剤、鎮痙剤、Mg含有洗腸剤)は、毒素による神経筋接合の阻害を増強するので禁忌である。抗菌薬がではアミノグリコシド系やクリンダマイシンなども、神経筋障害を増強させるので禁忌である。

ボツリヌス症への対応

ボツリヌス症は、厳密に言えば感染症ではないが、乳児ボツリヌス症を4類の全数把握疾患に分類している。食中毒が疑われる場合は、食品衛生法に基づいて保健所への届け出が必要である。患者を診断した医師は、食中毒型のボツリヌスは24時間以内に、乳児ボツリヌスは7日以内に、指定の届け出様式により最寄りの保健所に届け出る。
ボツリヌス毒素に罹患した患者からの感染性は無く、通常の注意をすれば特別な隔離は必要ない。消毒は特に必要としない。同一食品の喫食者については、毒素検査及び菌検査により発見漏れの軽症者、保菌者を捜し出す。
本菌は嫌気性菌であり、「いずし」やびん詰製品、缶詰製品、真空パックの食品などへの注意について指導する。本疾患は死亡率が高いため、疑いとなる原因食品が特定された場合には、同経路での食品を厳童に追跡し、汚染食品を廃棄することが必要である。